(いとしの真空管たち)
あるとき、勤め先の30歳前後の若い(?)同僚が 「真空管って知ってますか〜」 との質問。 「おう、勿論知ってるよ」と、私。 「それで何をするものなんですか〜?」と、同僚。 「なに〜真空管を知らないー、マジかよ〜」と、私。 「そうですか御存知なんですねー、先輩は古いだけのことはありますね」と、同僚。
古いだけ余計だ・・と、思ったけれど 「真空管で小学生の頃から遊んでいたよ、俺なんかは」と、私。 「へ〜、そんな頃からですか〜、すごいですねー」と、同僚。 「ちっとも、すごくなんかないよ、そういう趣味というか遊びというか電子工作大好き人間・・がいるの、今も昔も」・・と、私。
・・・・と、いうわけで、現今のデジタル時代に・・真空管が ドーノコーノ などの話をしてもネ〜・・と今まで思っていたけれど、先の件から・・ソーデモナイラシィ・・で、僅かに手元に残っている真空管を題材に ページを作りました。
・・・・「今度から 全面的にトランジスタ君に代わってもらうからネ、長いことゴクローサン、じゃ 達者でね〜」 真空管は戸惑ったことだろう。 だいぶ前からその予感をヒシ ヒシと感じてはいたが、こうも早くに お達しが来るとは本人も予想外であったはずだ。 「クソッ 全面的だと〜 な、なんでやねん」 ・・・と、真空管は思ったに違いない(きっとそうだ)。 それでも、同席していた半導体氏には、「世間はこうおっしゃる、私の役目は終わったよ、今度は君の時代だ、後のことはヨロシク頼む」・・・
・・・どこかの政界と違って、ごたごた言わず清く正しくキッパリと身を引いた真空管。 言いたいこともあっただろうに・・・。
(真空管のお話)
1883年(明治16年)エジソンがエジソン効果(フィラメントとプレート・・金属板・・の間に熱電子が一方向に移動し、一方向に電流が流れる)を発見(?)したことに端を発した二極真空管は、1906年(明治39年)同じアメリカ人のド・フォレストがフィラメントとプレートの間にもう一つの電極・・グリッド(格子)を加え、その電極の電圧を変化させると流れる電流を制御できることをみつけ三極真空管が発明された。
以後、日本では大正11〜12年(1922年)頃から東京電気(後の東芝)がサイモトロンの商品名でUV-201(?)・・三極管を製造販売したのを最初に、昭和54年(1979年)特殊管を除き受信管はすべて生産打ち切りとなるまで真空管の時代が続いた・・が、その後は一本も作られていない。 製造メーカーの製造装置はどうなったかというと、外国(台湾 中国??等)に売り渡したり解体したりで現在(2005年)わが国では生産しようとしても、することが出来ないでいる(商売にならないから当然・・ですネ)
したがって真空管でなければ・・とか、この真空管を使って○○の機器を造ってみたい・・と、もし思う人がいても、残っている国産品や外国の信頼できる球をさがすか、又はロシア 中国 チェコ 製などを高い価格で買わざるを得ない・・のが現状です。
真空管の種類は(使用目的に応じた)ラジオ用 テレビ用 通信用 軍用 拡声器用 レーダー用 送信用 その他 等 約8千種類有った・・と云われる。もっと細かく分類すれば1万種類を超えるらしい。 それが・・ハイ、コレマデ・・と、すっぱりあっさり日本は打ち切ってしまった。 各方面の電子回路の基礎を築き、あんなにお世話になった真空管に少しは、ねぎらいの言葉をかけてあげてもよかったのではないか?(いや、かけるべきだったのではないか)
敬意を表する現代の半導体チップは真空管数千個分の働きをこなす。・・が、その姿は冷徹冷酷に映る。 真空管、君は心に赤い灯を燈し文字通り身を焼きながら頑張ってくれた。オジサンは解っているよ・・アリガトウ・・。
特殊管や、大形真空管などは諸先輩の解説にまかせ、ここでは極一般的に生活の中で用いられてきた平凡な種類ばかり・・なのですが、その使われている様子を・・ラジオ受信機と共に、及び HF(短波)受信機の移り変わり・・という形でマトメテみました。